6月
05
Posted on 05-06-2015
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近所の住宅街を散歩していたら、大きな家が建っていたところがびっくりするような広い空き地になっていた。更地というのだろう、300坪ぐらいありそうだ。

写真のように、元は門から玄関につながるあたりの横の庭の隅にポンプ式の井戸がポツンと取り残されてあった。ポンプを押せば水が出るのかどうかは分からないけど、錆びてもいない立派な井戸だ。昔からの家だったから、庭の隅に井戸があったのだ。

井戸のポンプが残されているところを見ると、ここに新たに立つ家でもこの井戸を使うつもりだろうか。もそうであれば、ずいぶん贅沢なことだと思う。しばらくの間、残された井戸を眺めて、見とれていた。

大きな住宅が解体されて、そこに小さな2階建ての家が5軒も6軒も建つというのが、今では普通になっている。その場合は井戸は埋められてしまうけど、こうして井戸を残しているところを見ると、ここに又大邸宅が建つのかもしれない・・・。

昔はどこの家にも井戸があった。僕の生まれた世田谷の家は昭和20年5月の空襲で跡形もなく焼けたが、戦後、同じ場所に建てた家でも、戦前の家と同じように台所の流しのところに井戸があって、それを使っていた。台所の流しには水道の蛇口と井戸のポンプのアームが並んでいたものだ。その井戸がいつの間にか、何度かの増改築を繰り返すうちになくなった。いつ井戸を撤去したのか、記憶はない。

長く使って古くなったせいだろうか、その井戸は時々“水が落ち”た。井戸のアームを動かしても、スカスカに空回りするようで力がかからず、水が汲みあがらなくなるのだ。そういう時には「呼び水」とかいうのだったか、上から薬缶の水を井戸のなかに差し水をしながらポンプを押すと、急にポンプに重い力がかかって、水が上がってくる。それでまた使えるようになるのだった。

地面の下の深いところからくみ上げる井戸水は水温が一定で冬は暖かく、夏は冷たく感じる。それはとてもいいもので、夏休みの日々、炎天下のあそびを終えて帰ると、井戸水をごくごく飲んだものだった。いまでは子供達はペットボトル入りの水を飲む。僕も同じだけど。

 

5月
08
Posted on 08-05-2015
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5月の連休の前半、信州へ行った。いつものように特に名を秘す信州の某所で、Luehdorfia puziloi(ヒメギフチョウ)を見るため。ことしは全般に桜の開花がいつもより早かったので、蝶の羽化も早いと予想して、出かけるのを連休の初めにした。

天気に恵まれて、予想通りヒメギフチョウの飛翔に出会うことができた。毎年訪れる場所だが、いつもよりたくさんの蝶が飛んでいる。僕は蝶の写真は撮るけど、採集はしない。子供のときは昆虫採集少年だったが、いまでは、自然のなかで蝶がいる風景を見るだけで十分という感じになっている。ヒメギフチョウは小さいうえに、落ち着きがなく、花に止まってもすぐに動いてしまって、なかなかいい写真は撮れない。これらの写真は違う場所2か所で撮影したもの。カタクリの花にとまる蝶とヤシオツツジ(と思われる)にやってきた蝶だ。ツツジは人が植えたものだが、蝶にとってはカタクリよりも蜜の量が多くて、好都合だろう。

そういうわけで、僕の最近の蝶との付き合いは淡白なものだが、昆虫に関する本はよく読む。去年、『昆虫はすごい』という新書(光文社新書)が出て、ベストセラー級の売れ行きだったという。僕も読んでみたけど、なるほど・・・、というところかな。一般向けの本としてはよく出来ている。

何年も前だけど、詩と批評の雑誌『ユリイカ』の増刊号で「昆虫主義」という特集があった。これはなかなか充実した内容で、愛読した。なかでも、奥本大三郎とアーサー・ビナードによる「文学と昆虫たち」という対談がおもしろかった。対談の冒頭、W・M・ホールトの『昆虫食はいかが?』という本が話題になり、ひとしきり昆虫食について話がはずむ。同じそのユリイカに、昆虫料理研究家・内山昭一の「セミの幼虫は燻製がうまい!?」も掲載されている。それで、というわけではないが、僕も昆虫食には大いなる関心がある。

昆虫を食べたいというのではなく、人間と昆虫の深い関係、主として食料としての(蛋白源としての)昆虫に関心がある。人類はもともと昆虫を主な食料としてきたのではないだろうか。道具や武器を使うようになる以前、いちばん簡単に取れる蛋白質は昆虫だったろう。魚や鳥は採集が難しい。武器を使うようになっいてからでも、毎日のように鹿や野牛を捕らえることは出来なかっただろう。そこらへんにたくさん居るバッタやカタツムリ、芋虫や毛虫などが主な食料だったはずだ。時代が進んでからでも、昆虫食は盛んだったと思われる。

聖書にも昆虫食の記述がある。「ヨハネはらくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた」(新約聖書 マルコによる福音書)というくだり。イナゴは食べたことがある人が多いだろう。野蜜というのは野生の蜂の蜜か。そういえば蜂蜜は最も普及した昆虫食ではないか。信州では蜂の幼虫も珍重するけど。

試みにインターネットで「昆虫食」と検索してみると、たくさんのサイトがあって、驚かされる。昆虫食・中華料理編なんていうのもあって、「セミ,カイコ、イナゴの餃子」とか「はちの子のおこわ」「アリの子入り卵スープ」なんて書いてある。みんなで集まって食べる会らしい。その他無数というべきかも知れない。100万件以上の件数の数字が示されている。

国連食料農業機関(FAO)では、将来の人類の有力な蛋白源として昆虫食の研究(というのかな)を進めているという。アフリカなどでのバッタの大発生の映像などを見ると、こいつらを食料にしようと考えるのは自然なことかもしれない。しかし、人間の数も爆発的に増え続けているから、食料にしたとたんに、あっという間に食い尽くしてしまうかもしれないが。

 

4月
23
Posted on 23-04-2015
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東京では3月の末に桜が咲き、すぐに満開になったと思ったら、風の強い日が続いて、あっという間に散った。週末の休みのタイミングとは合わず、お花見は不調だったのではないだろうか。

4月になって、八重桜が咲き始めたけど、これも4月の天候が不順で、晴れた日が少なく、雨ばかり降った。近所に枝が伸び放題の有名な八重桜があって、毎年満艦飾というほど花をつけるが、今年も咲いた。八重桜は派手で目立つけど、美しいとも思えず、風情もない。数日前の雨の日、その八重桜の花が盛大に散っているのが面白かった。風情はないけど、まわりの風景を変える迫力はある。

其の写真。

今年は、そういうわけで天気も悪く、特別なお花見は出来なかった。でも、4月のすえか5月には信州の標高の高いところに行って、山に咲いている山桜系の野生のさくら、ミヤマザクラとかマメザクラ、タカネザクラ、オオヤマサクラなんかを見るのが楽しみだ。そういうサクラは、つまり風情がある・・・、風情というのはなんだろう。

八重桜の花は塩漬けにして保存し、お茶のようにしたり料理に使ったりするけど、なるほど、道路に積もったように散った花びらを見ていると食えそうな気がする。

3月
30
Posted on 30-03-2015
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いつものとおり、長い間この日記を書かないでいた。去年の12月から! 3か月にもなる。その間、いろんなことがあって、忙しかったのも事実だけど、ブログのエッセイ日記が書けないほど忙しいわけはない。

えーと、まずパソコンが駄目になった。もともと古いので動きが悪くて困っていたのだが、新しいパソコンは使いにくいと聞いているので取り替えないで使っていた。ちょうどすこし長い原稿を書く仕事があり、その最中にメールが使えなくなった。原因は不明。経年劣化ということにして、新しいのに買い換えた。といっても、僕はパソコンの理屈はまったくわからず,わかろうともしないので、自分で新しいパソコンを使えるようにすることはできない。幸い、最近親しくなった友人がそっちの方の専門家で、全部やってくれた。「戸田さんには無理な機能はいれず」、最新のwordは使いにくいので(僕には)、word2003に入れ替えてもらった。僕が2003に慣れているからデス。

で、原稿は無事終わり、新宿御苑に白木蓮を見に行った。写真を見てください。知ってる人も多いと思うけど、新宿御苑の白木蓮の大木は日本一、いや世界一の素晴らしさです。

今年は3月21日に写真のように満開!

ついでに、新宿御苑で写したカラスの写真。僕はカラスが好きで、カラスを見るとつい写真を撮りたくなる。現役のカメラマン時代から、これは変わらない。カラスはおもしろい。

カラスの写真もう一枚。

カラスに襲われそうになっているのはアオサギ。これ、京都上賀茂の大田神社のカキツバタ畑での出来事で、カラスの縄張りにアオサギが闖入したらしい。カラスが威嚇している。

つまり、なんというか、僕らは3月末には京都に旅行もしたのだ。京都で写したその他の写真は人にお見せするような面白さはないけど、カラスはどこにいても面白い。

 

 

12月
29
Posted on 29-12-2014
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庭師の人に聞くと、モミジは庭の西の隅に植えるものだそうだ。何故だか理由はわからないと言っていたけど、西日が当たる具合に関係があるのかもしれない、うちのちっちゃな庭の西の隅にもモミジの木が1本あって、12月のはじめになってやっと紅葉した。

写真のような具合で、なかば逆光の西日を受けて、ずいぶん豪華に見える。

 モミジというだけで、なんという種類のモミジなのか調べようともしないでいるのだが、一人前に紅葉はする。東京ではイチョウなども葉が黄色く色付くのは12月のはじめ、モミジも同じだ。紅葉は秋というより初冬の風景なのだ。それで、アッ!という間に年の暮れになってしまう。

新聞では暮れの29日あたりに、今年の出来事の回顧記事が載る。「惜別」という欄では今年亡くなった方々が列挙されている。僕はこれまでも年の暮れのこの日記で、その年に亡くなられた人びと(主として映画関係の方々に限ってきたけど)を書いてきた。個人的な追悼の気持ちを表したいと思ってやってきたのだけれど、しかし、今年に限って言えば、亡くなられた映画人がいつになく多かったような気がする。それも俳優が多かったのではなか。

ニュースで大きく取り上げられた高倉健や菅原文太は12月に続けて亡くなったので記憶に新しいが、淡路恵子、安井昌二、林隆三、宇津井健、蟹江敬三、米倉斉加年、山口淑子・・・ウーム。

個人的には大津幸四郎さんの逝去が大きな出来事だった。『三里塚に生きる』の公開を見とどけるように亡くなられた。

「時どきあれこれ日記・閑話休題編」2014年はこれで終了。殆んど1年に4,5回しか書かない日記だけど、来年はもうすこし増やして「時どき」らしくしたいものだ。

10月
01
Posted on 01-10-2014
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京橋の試写室で『イラク チグリスに浮かぶ平和』という綿井健陽監督の映画を見てから、ひとつ用事を済ませたあと、銀座松屋へ行って地下でオリーブの実を買い、そのまま6丁目の松坂屋のあったところに行く。銀座通りは舗道が広くて気持ちがいい。銀座松坂屋はなくなっている。去年の夏閉店して、建物も解体された。現在は銀座通りに面して広大な工事現場が出現している。と言っても、通りを歩いているだけでは高いフェンスがあって、なかは見えない。

どこか、高いところから写真をとりたいと思って、歩いてきたのだ。松坂屋銀座店は大正13(1924)年に開店したそうだから、新聞なんかの書き方でいうと「90年間の営業に幕を閉じた」わけだ。

通りの向かい側にユニクロのビルがある。そのビルの6階から撮ったのがこの写真だ。なるほど、銀座通りに面した工事現場はちょっと面白い景色。松坂屋の向かい側といえば、僕なんかには「煙草・喫煙具」の老舗菊水がすぐに思い浮かぶのだが。菊水は今も顕在だけど、高いビルではない。ユニクロがいつ出来たのか知らないけど、いまや銀座だってユニクロなのだ。ついでにもう1枚、ユニクロの店内から。衣服をつけたマネキンが並んで広い窓から外を見ているような感じにしてある。

松坂屋というデパートは僕はあんまり馴染みはなかった。銀座ではやっぱり松屋かな。松坂屋のとなりのライオンビヤホールにはよく行ったけれど。

この工事が完成すると「銀座地区で最大の売り場面積を誇る」商業施設ができて、2016年11月にオープンだそうだ。そういうのばっかり次々に造ってどうするんだろうか。そこに観世流の能楽堂も入るのだそうだけど。

9月
17
Posted on 17-09-2014
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彼岸花の季節になった。昔、四国に住んでいた頃は秋のはじめの田んぼのあぜ道なんかに、真っ赤な彼岸花が長い列をなして群がって咲いているのを遠くから見たものだった。彼岸花は西日本のほうが多いような気がする。

うちの庭にもこの季節になると彼岸花が幾株か芽を出す。シュッと一本長く伸びて、てっぺんに花をつける姿が面白い。庭の株の一つが白い彼岸花だ。何年か前に一本だけ伸びた芽に白い花が咲いた。それが毎年ごとに増えて、今年は写真のようになった。

白い彼岸花はどちらかといえば少なく、赤い花と較べて珍しい。ところが、最近白いヤツがバカに増えたように思うのだが、どうだろうか。近所の善福寺川沿いにも白い彼岸花がたくさん咲いている。これはもちろん誰かが球根を植えたものだろうが、白花が流行っているのか。白花は珍しいので目を惹くが、どちらかといえば、彼岸花は赤い方が季節感にふさわしい。

8月
28
Posted on 28-08-2014
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写真家の鬼海弘雄と都築響一のトークイベントが東京都写真美術館であるというので、聴きに行った。清里にある「清里フォトアートミュージアム」(館長・細江英公)のヤング・ポートフォリオの20周年を記念して写真美術館で開催した展覧会の最終日の企画。「ヤング・ポートフォリオ」は世界の若い写真家の作品(集)を公募して選考し毎年継続的に購入、展示してきた清里フォトアートミュージアムの事業だ。二人ともこの「ヤング・ポートフォリオ」の選考委員の経験者だ。

鬼海弘雄さんといえば写真集『PERSONA』がすごいが、この人の話もすごい。トークは都築響一さんとの対談のように進むが、このまったくタイプのちがう二人の対話が、写真美術館のロビーに集まった60人ほどの聴衆を大いに刺激した。

都築さんの聞き手としてのセンスと迫力が鬼海さんの驚くべき言葉を引き出す。鬼海さんは写真家になろうと決めたとき5冊の写真集を出そうと考えたという。それ以外の仕事は眼中に無かったらしい。すべての写真は写真集のためのもので、それ以外は撮らないのだと・・・。道具もハッセルブラードと80ミリの標準レンズのみ。

写真集の撮影のため以外に、たとえば海外に行く時などにはカメラは一切持っていかない!

彼は肖像写真のほか、都会の風景も撮るが、八ッセル、80ミリである風景の撮影に向かった時、ちょっと引きが足りないとすれば、普通は少しワイドのレンズを使うが、それはしない、つまりその風景の撮影は断念するのだという。

鬼海さんはいう「写真を撮らないことも重要なのだ」。

『PERSONA』の撮影は今も、同じ浅草の同じ場所で続けられているそうだが、これも一人の人物の写真は「何枚かしか」撮らないそうだ。『PERSONA』の表紙になっている人物は全部で3ショット撮っただけだという。

そして、鬼海さんはこうも言った「写真の醍醐味は35ミリでのスナップショットだ。それが写真の王道だと思う」。

確かに、鬼海さんの仕事は人物の肖像、東京の風景、とインドやトルコを放浪して撮ったスナップがある。

写真というものの奥行きを考えさせられる。そういうわけ(?)で今回の日記には写真の掲載はナシにしました。

その代わり、でもないけど表紙の写真を替えました。これは(たぶん)ミドリヒョウモンで、7月に箱根の仙石原で撮ったもの。

 

 

 

6月
08
Posted on 08-06-2014
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5月、6月は2度信州に行った。5月は連休明けの9日から12日まで。6月は1日から4日まで。なぜそんなに頻繁に信州か、といえば理由ははっきりしていて、ヒメギフチョウの「観察」が目的なのです。

ヒメギフチョウは春先のちょっとの間しか見られないし、何処にでもいるという蝶ではないので、その観察や採集には時期や場所が特定されてしまう。信州の生息地ではだいたい5月の連休の前後、場所によっては4月末、どの地域でもサクラの花の時期とこの蝶の出現が一致している。

連休明けではちょっと遅いのだが、連休中は避けて5月10日に、毎年行く信州某所のヒメギフチョウ生息地に行った。実は、僕たちはこの2年ほど、この場所でヒメギフチョウを見ていない。こいつの生態、1年間の生活史はほぼ解明されているのだが、たくさん発生した次の年にまったく現れなかったりして、完全には判っていない。もともと生息地が限定されているうえに、個体数も少ない種類だから、この場所は放棄されたかと心配していた。

ところが、今年は何年ぶりかで蝶が幾つも飛んでいるのに出会えた。明るい落葉樹林をヒラヒラと舞っている。下草の中にこの蝶の幼虫の食草ウスバサイシンの群落があり、葉を裏返して捜すと既に産みつけられた卵がある葉がたくさん見つかった。僕は蝶の採集はしない。網に入れることはあるが、見てから放してやる。写真は撮るけど。蝶が舞い、卵のついたウスバサイシンの葉裏を確認するだけ。下の写真がヒメギフチョウの卵群のあるウスバサイシンの葉だ。

2014年5月10日長野県大町市山中

2014年5月09日長野県茅野市山中

 

 

 

 

 

 

5月に確認した卵がその後、無事幼虫になったかを確認するために6月はじめにもう一度信州に行く。僕は卵から飼育した経験があるので、だいたい、2~3週間ぐらいで孵化するのは知っている。写真は卵の写真と同じ場所のものだ。ちゃんと幼虫になっていた。

ヒメギフチョウの幼虫というけど、つまり真っ黒い毛虫がうじゃうじゃ なのだ

 幼虫は初令、2令ぐらいまでは写真のように1箇所にかたまっているけど、大きくなると単独で葉を食って大きくなる。食草のウスバサイシンがたくさんある場所ならいいけど、彼らが大きく育ってさなぎになるまで養えるほど食草があるかどうかが問題。これはこの蝶にとって死活問題です。ウスバサイシンは林の中にあちこちに点々という感じで生えているけど、さなぎ直前の幼虫の食欲もすごい。

食草を求めて、この黒い毛虫が林の中の草むらをあちこち歩き回るのだろう。うまくウスバサイシンの株を見付けられればいいけど、あえなく餓死するやつも多いだろう。

で、すべての幼虫が育ってぶじさなぎになれるかどうかは判らない。判らないというより、たぶん無理だろうと思われる。運のいいヤツだけが7月に蛹化して、林の中の枯葉の下で夏、秋、冬をすごし、来年の春蝶に羽化するのだが、幼虫が単独生活になった後は、もう自然界で幼虫やさなぎを発見することは不可能だろう。来年の春のお楽しみなのだ。

 

5月
06
Posted on 06-05-2014
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最近はゴールデンウイークという言い方をしないらしい。テレビでは「大型連休」といっている。その大型連休の初めのほうの休日に、深大寺に近接した神代植物園へ行った。目的はナシ、天気がよかったから樹のあるところへ・・・というだけのはなしだ。

植物園はフジとボタンの盛りで、たくさんの人が花の写真を撮っている。森の中は明るい緑がきれい。それで写真を1枚。

神代植物園のコナラやクヌギの森 人がいないので深山の森のようだが、こちら側にはぞろぞろ人が歩いている

別の休日、青山のイメージフォーラムでやっているジャック・タチの映画を見に行く。午後4時からの『プレイタイム』を見るべく、3時45分頃行くと、あれれ、人だかりがしている。受付でチケットを買おうとしたら、なんと! 立ち見もすべて満員で札止めですと云われた。

世の中の動きに疎い、とは思っていたけど、映画にも疎くなっていた。ジャック・タチの映画が満席になるのか。ま、イメージフォーラムのこの上映の映画館は椅子が64席しかないけどね。入場を待っているのは若い人が多かった。ネットなんかでは情報が飛び交って人気なのかもしれない、まぁ、『プレイタイム』に限らず、タチの映画はめったに見られないのも確かだけど。

で、再挑戦の気分で5月2日に再び行く。こんどは2時間も前に着いて、整理券をもらい、ぶじに入れた。2日は金曜日で休日ではなかったけど、さすが大型たれ連休、満員だった。

『プレイタイム』はとほうもない映画だった。1967年にジャック・タチが法外な制作費をつぎ込んで作った超大作だが、まったく当たらなかったという。タチは破産に追い込まれたそうだ。映画は全編タチのやりたい放題のシーンが連続して出てきて、面白い。シーンごとに「面白さ」が炸裂する感じで、しかし、ストーリーは重要視されていない。映画の観客は物語を求めるのだから、これが興行的に失敗するのは当然でもある。

ジャック・タチ映画祭のチラシのデザイン

ジャック・タチを世界的な映画監督にした『ぼくの伯父さん』などよりも、ずっとタチ的な作品なのだろうと思う。この上映は「“フランス映画史に燦然と輝く異才”ジャック・タチ映画祭」というもので、ぼくも2回も脚を運んで、苦労した甲斐があったというものだ、そのくらいの値打ちがあった。