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Posted on 20-04-2011
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宮城県石巻市の夕刊だけの地方新聞「石巻日日新聞」(ひび新聞という)。3月11日の地震と津波で新聞社が被害を受け、新聞の発行が出来なくなった。しかし、石巻日日新聞社の人びとは写真のような手書きの新聞を書き、避難所などの壁に張り出したという。写真は3月12日付の紙面だ。油性のフェルトペンで書いた手書きの壁新聞だ。

朝日新聞夕刊2011年4月16日の記事

 写真では、紙面に赤青黒の3色の文字が書かれている。「日本最大級の地震・大津波」「東北地方太平洋沖地震」というのが大きな見出しだが、特別なことが書かれているわけではない。東京の新聞も書いたし、テレビも繰り返した。強いて言えば、赤い字で書かれている「南浜町、門脇町倒壊・流没」というのが地域新聞らしい見出しで、罫で囲った「正確な情報で行動を!」という大きな文字が地元の人びととの関係の密度の濃さを表している。

この新聞にぼくは 、感動というのともすこし違う、何か特別な印象を持った。いや、感動という以外にはないか。なんだか、いいじゃないですか。新聞社の印刷機や何かが津波で破壊されて、新聞が印刷できない。じゃぁ、サインペンで書いて壁に貼りだせば、みんなが読むだろう・・・。そう考えて実行した石巻日日新聞社の人びとには拍手を送りたい。

この手書きの紙面が被災した沢山の石巻市民にとって、どれほど貴重な「情報」だったことか。それを想像する。テレビもインターネットもツイッターもみんな貴重な情報源だけど、石巻市では、たぶんこの手書きの壁新聞の力には適わないのだ。必要な情報というのは情報の中味だとは限らない、情報のありようが大事な場合もあるだろう。手書きの壁新聞では記事を書く人と読む人との関係が実に単純明快なところが力強い。

手書き壁新聞は地震・津波の翌日から6日間発行されて、3月18日からは印刷が出来るようになったという。

実は写真の紙面は、この石巻日日新聞の手書きの壁新聞がアメリカ・ワシントンにあるニュースの総合博物館「ニュージアム」に展示されたのを伝える朝日新聞の記事なのだ。「大変な苦難に直面するなか、日日新聞のジャーナリストは地域社会に重要な情報を提供するという責任を果たし、そのためにペンと紙を用いた」というのがニュージアムの称讃の言葉だ。

ニュージアムという博物館を知らなかった。世界中の様々な新聞を集めているらしいから、そこには中国の文化大革命当時の壁新聞「大字報」なんかもあるのだろうか。それはそれで興味深い。