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Posted on 11-02-2011
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このブログのためにTSUTAYAで『2001年宇宙の旅』を借りた。僕は大体中野の店に行く。この写真は中野駅のガード

ヒトの起源や人類の歴史については関心があり、京大の先生たちのゴリラやチンパンジーに関するフィールドワークの本、人類史の専門書など、少しは読んでいるが、当然ながら本格的に勉強したわけではない。興味深い成果に感心したり、想像をめぐらしたりしているだけである。今読んでいるのはA・W・クロスビーというアメリカの歴史学者の著書『飛び道具の人類史』(小沢千重子訳)。これは人類の起源についての本ではない。副題に「火を投げるサルが宇宙を飛ぶまで」とあるように、数百万年前から現代までの人類の歴史を扱っている。そして、ヒトがモノを投げることができるという点に注目して、その視点で人類史を解き明かすのだ。僕はそのユニークな歴史の見方に興味を持った。

ヒトが他の動物と違う進化を遂げたのは「二足歩行」と「火の使用」が契機となったといわれる。四肢のうちの後肢だけで体重を支え、前肢を「手」として使うようになったのがヒトの進化にとって決定的だったらしい。二本足で歩く(走る)のは非常に危険なことなのだ。バランスが悪く、早く進めない。ある程度以上の大きさの四肢歩行の動物はヒトより早く走れる。しかしその犠牲を払っても余った前肢、つまり「手」の機能が人類をつくった。火の使用はいうまでもないが、手の使用がヒトを他の動物と隔てている。

モノをつかむ、握る、モノを投げる・・。クロスビーがここで特に重要視しているのがモノを投げる能力である。クロスビーによれば、モノを投げることとは、投げることによって自分とは「離れたところに変化を引き起こす行為」だという。そして「ものを投げるという行為は直立二足歩行や道具の製作と同じく、明らかに人類に特有の行為である」と。

離れたところに変化を引き起こしたいという人類の欲望こそ、400万年前の最初の人類が獲物に向かって石か棒を投げつけ、古代の戦争で「投石機」が登場し、大砲や飛行機を発明し、宇宙に向かって探査機を飛ばす動機なのだ。大陸間弾道ミサイルもハイジャックした旅客機を高層ビルに衝突させた9・11のテロもこのことで説明ができるだろう。

確かに人間のようにモノを投げることのできる他の動物はいない。ゴリラやチンパンジーが木の枝を手に持ち、敵に向かって投げつける映像を見たことがあるが、その際、彼らの投げ方はアンダースローである。相手に対する威嚇ではあっても、威力はほとんどなく、投げることによって相手を倒すという本来の目的は達せられないだろう。自分とは離れたところに変化を引き起こすことにはならない。

ライトのフェンス際からバックホームされるイチローのレーザービームこそ他の動物では不可能な人類の行為だ。一瞬後、何十メートルも離れたホームベース上で劇的な変化が引き起こされる。

太古のヒトの祖先がモノを投げる・・・といってすぐに思い浮かぶのは、『2001年宇宙の旅』ではないか。1968年製作、あまりにも有名なスタンリー・キュブリックの作品だ。この映画の冒頭20分間ぐらいの間、ヒトの祖先と思われる猿人が登場する。猿人のふたつのグループが水場をめぐって闘うシーンがあり、一方のグループは大型哺乳類の大腿骨らしきものを手に持って戦いに挑んでいる。このグループの方が手を使う能力が進んでいたと見える。手にした大腿骨は絶好の武器となり、相手の体めがけて骨を持った腕が何度も振り下ろされる。素手の相手はひとたまりもなくやられてしまう。勝利の瞬間、大腿骨の武器を手にした一頭は雄たけびをあげ、持っていた大腿骨を空に向かって投げ上げるのだ。

骨が飛んでいった空がフェードアウトし、テーマ音楽がここできこえてくる。飛んでいった大腿骨そっくりの形の機体が宇宙空間を飛んでいるシーンなのだ・・・。ここからほんとうの意味での「a space odyssey」が始まるのだが、この時猿人によって投げ上げられた大腿骨は自分とは離れた場所(宇宙空間)に変化を引き起こしたばかりではなく、400万年を隔てたはるか彼方の時間への変化を引き起こしたのだった。