6月
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Posted on 27-06-2017
Filed Under (未分類) by toda

タクシーには乗らなくなった。現役で仕事をしていたときはタクシーは日常的なものだったが、いまはほとんど乗らない。急ぎの用事もめったにないし、 僕の年齢になれば、都内のバスはタダだ(厳密に言えばタダじゃないけど・・・)。

だいぶ前から、東京ではタクシーの料金制度が変わって、初乗り410円ということになった。距離は知らないけど、まぁ、近いところなら410円でいけるということだろう。そうなってから、2度ほど乗ったが、なるほど,神保町の三省堂の前から須田町の蕎麦屋まで410円でいけるのはありがたい。というより、それまで710円もした初乗り料金が高すぎだ。

ただし、運転手氏に聞いたら、お客の数はあんまり変化していないという。駅前で短い距離のお客をねらって、数で稼ぐようなやり方ならイイでしょうけど・・・と言っていた。この人はたまたま長距離のお客狙いのやり方だったらしい。

タクシーでは車の中という限定された場所で、運転手とお客の赤の他人どうしの日常が交錯するわけだから、まぁ、大げさにいえば二つの人生の接点のようなものが生れて面白いことも起きるのだろう。小説やルポルタージュや映画の舞台としてちょっと魅力的な感じがある。

タクシー運転手を主人公にした映画といえば、ロバート・デニーロがベトナム戦争帰りの元海兵隊員を演じた『タクシードライバー』(1976年マーチン・スコセッシ監督)を思い出すが、日本映画にも『月はどっちに出ている』(1993年崔洋一監督)という傑作がある。原作は梁石日(ヤン・ソギル)の小説『タクシー狂躁曲』。ヤン・ソギルの大阪でのタクシードライバーの経験を元にした実録だという。岸谷五朗演じる主人公が印象的だった。

そして、この春、イラン映画の巨匠ジャファル・パナヒによる『人生タクシー』を見た。

『人生タクシー』ではパナヒ監督自身がタクシードライバーを演じている(チラシから)

ジャファル・パナヒ監督は政府への反体制的な活動を理由に「映画監督禁止令」を受けているという。映画を創ってはいけないらしい。それで、タクシードライバーとなって、タクシーに乗ってくるお客と会話を交わし、お客達のさまざまな人生模様を見せてくれる。車のダッシュボードに取り付けられた固定のカメラがそれらを記録しているのだ。

で、これは映画なのだろうか。それともタクシー稼業の記録なのだろうか。そもそも、パナヒがタクシーを運転しているのは本物だが、お客達は本当に見ず知らずの客なのだろうか。映画のために用意された役者か仕込まれた人物ではないか・・・、そういうことは何も解明されない。どちらでもいいのかもしれない。そういう「映画」なのだろう。

チラシの言葉によれば、パナヒ監督は「私は映画作家だ。映画を作る以外のことは何もできない」と語っている。

お客達が仕込まれた俳優なのか、本当のタクシーの乗客によるドキュメントなのか・・・というようなことはどうでもいいことにも思える。パナヒ監督の置かれた状況も含めて、いろいろ考えさせられて興味深い。