5月
08
Posted on 08-05-2015
Filed Under (未分類) by toda

5月の連休の前半、信州へ行った。いつものように特に名を秘す信州の某所で、Luehdorfia puziloi(ヒメギフチョウ)を見るため。ことしは全般に桜の開花がいつもより早かったので、蝶の羽化も早いと予想して、出かけるのを連休の初めにした。

天気に恵まれて、予想通りヒメギフチョウの飛翔に出会うことができた。毎年訪れる場所だが、いつもよりたくさんの蝶が飛んでいる。僕は蝶の写真は撮るけど、採集はしない。子供のときは昆虫採集少年だったが、いまでは、自然のなかで蝶がいる風景を見るだけで十分という感じになっている。ヒメギフチョウは小さいうえに、落ち着きがなく、花に止まってもすぐに動いてしまって、なかなかいい写真は撮れない。これらの写真は違う場所2か所で撮影したもの。カタクリの花にとまる蝶とヤシオツツジ(と思われる)にやってきた蝶だ。ツツジは人が植えたものだが、蝶にとってはカタクリよりも蜜の量が多くて、好都合だろう。

そういうわけで、僕の最近の蝶との付き合いは淡白なものだが、昆虫に関する本はよく読む。去年、『昆虫はすごい』という新書(光文社新書)が出て、ベストセラー級の売れ行きだったという。僕も読んでみたけど、なるほど・・・、というところかな。一般向けの本としてはよく出来ている。

何年も前だけど、詩と批評の雑誌『ユリイカ』の増刊号で「昆虫主義」という特集があった。これはなかなか充実した内容で、愛読した。なかでも、奥本大三郎とアーサー・ビナードによる「文学と昆虫たち」という対談がおもしろかった。対談の冒頭、W・M・ホールトの『昆虫食はいかが?』という本が話題になり、ひとしきり昆虫食について話がはずむ。同じそのユリイカに、昆虫料理研究家・内山昭一の「セミの幼虫は燻製がうまい!?」も掲載されている。それで、というわけではないが、僕も昆虫食には大いなる関心がある。

昆虫を食べたいというのではなく、人間と昆虫の深い関係、主として食料としての(蛋白源としての)昆虫に関心がある。人類はもともと昆虫を主な食料としてきたのではないだろうか。道具や武器を使うようになる以前、いちばん簡単に取れる蛋白質は昆虫だったろう。魚や鳥は採集が難しい。武器を使うようになっいてからでも、毎日のように鹿や野牛を捕らえることは出来なかっただろう。そこらへんにたくさん居るバッタやカタツムリ、芋虫や毛虫などが主な食料だったはずだ。時代が進んでからでも、昆虫食は盛んだったと思われる。

聖書にも昆虫食の記述がある。「ヨハネはらくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた」(新約聖書 マルコによる福音書)というくだり。イナゴは食べたことがある人が多いだろう。野蜜というのは野生の蜂の蜜か。そういえば蜂蜜は最も普及した昆虫食ではないか。信州では蜂の幼虫も珍重するけど。

試みにインターネットで「昆虫食」と検索してみると、たくさんのサイトがあって、驚かされる。昆虫食・中華料理編なんていうのもあって、「セミ,カイコ、イナゴの餃子」とか「はちの子のおこわ」「アリの子入り卵スープ」なんて書いてある。みんなで集まって食べる会らしい。その他無数というべきかも知れない。100万件以上の件数の数字が示されている。

国連食料農業機関(FAO)では、将来の人類の有力な蛋白源として昆虫食の研究(というのかな)を進めているという。アフリカなどでのバッタの大発生の映像などを見ると、こいつらを食料にしようと考えるのは自然なことかもしれない。しかし、人間の数も爆発的に増え続けているから、食料にしたとたんに、あっという間に食い尽くしてしまうかもしれないが。