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Posted on 10-03-2014
Filed Under (未分類) by toda

 大震災から3年が経つ。地震や津波や原発事故が起きた直後の予想を遥かに超える大被害が今もぼくたちを追い詰めている。この3年間、ぼく自身が感じた衝撃はたくさんあるが、いちばん心に残って、深く考えてきたのは津波で流されたガレキの中からたくさんの写真が見つかったことだ。多くは家族が写ったり、その家の記念となるような写真だ。行方不明の家族を探しながら、写真やアルバムを見つけた人もいるだろう。自衛隊や消防やボランティアの人たちが救い出した写真も多いだろう。

それらは被災地の体育館や公民館に集められ、洗われて、元の持ち主に返ったものも多い。どこかの体育館で、大量の写真が洗われてロープのようなものに1枚1枚とめられ、びっしりと並んでいる光景を目にした衝撃が忘れられない。たくさんの人びとが自分の家族の写真を探しに訪れるのだ。

写真は人びとの記憶につながっている。19世紀の半ばに写真の技術が登場して、人は「過去」を客観的に見るという始めての経験をした。写された瞬間に時間を停止させるのが写真の本質的な特徴だ。写真に写っている画像は人物の記憶そのものだともいえる。                            フリーカメラマンの高橋宗正さんは津波で流された泥だらけの写真を洗って、1枚ずつ複写し検索できるようにデータ化する作業を震災直後から続けてきた。ガレキの中から拾い集められた写真を、これまでに75万枚洗浄して展示し、34万枚が元の持ち主に戻されたという(2月25日朝日新聞朝刊)。持ち主に戻った数の多さに驚かされるが、この作業の持続自体が途方もないことだったと感動させられる。

宮城県山元町で高橋さんが続けてきたこの活動を伝える本が出版された。『津波、写真、それから』(赤々舎刊)。

この本には拾い集められた写真のうち、痛みがひどくて画像がわからなくなったものが掲載されているほか、写真の洗浄の方法が詳しく説明されている。しかも、どの記事も英文が併記されている。画像がわからないほど痛んだ写真は世界の各地で展示されたという。世界中の人びとに衝撃を与えたことだろう。

『津波、写真、それから』のあるページ

写真と時間、写真に写されることと過去の体験について深く考えていくと、「写真」という表現であるにしても、常に過ぎ去っていく時間(現実)を止めることの意味にたどり着く。それはぼくたちにとっての記憶とは何かということでもある。記憶は時に薄らぎ、失われた記憶もある。これらの写真は画像を喪失することで、人びとの記憶をも失わせたというべきなのか。津波は海岸や船や建物だけではなく、人びとの内にある貴重なものをも押し流していったのだろうか。