7月
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Posted on 01-07-2013
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神田川が新宿区北部の西武新宿線下落合駅附近で大きく右に曲がり、東向きに進んでいくことは前回書いた。そのあたりから流れの左岸が台地になっている地形のことも書いた。目白台という町名もある。かつては関口台、小日向台もあったけど、関口、小日向となって、町名としては消えてしまった。しかし小学校や公園の名前には今でも残っている。川の北側に台地がずっと続いているのだ。

その台地は昔から利用されていたらしく、下落合駅の北の坂の上にある「おとめ山公園」は徳川将軍家のお狩場だったというし、豊島区関口2丁目の「椿山荘」は江戸時代の誰だったか大名の下屋敷を、明治になって山縣有朋が買って自分の屋敷にしていたものだという。神田川はその先も台地のすそに沿って進み、御茶ノ水駅横の大渓谷!を通過して隅田川に流れ込む。

江戸川橋のあたりで川は首都高速5号線(池袋線)の下を流れることになる。神田川は都市河川では珍しく暗渠の部分がない川だが、ここから大曲、飯田橋を経て小石川橋までの区間は首都高速道路が屋根のようになって川を覆っている。そして、高速道路は、小石川橋の近くで神田川から別れる日本橋川の方に沿って進む。で、日本橋川ときたらほとんどが高速道路に覆われている状態である。「日本橋」の橋としての景観が失われたことがよく話題になっている。

で、再び高速道路の覆いを取り払った神田川は御茶の水渓谷に至る。本郷台地の南西の端っこになるのだろうか、御茶ノ水渓谷という呼び名があるのかどうかは知らないが。JR中央総武線水道橋駅から御茶ノ水駅の先まで、ほんの1キロほどだが、何本もの電車の線路と渓谷の底を流れる神田川が並行している景観は何処から見てもすばらしいもので、世界の大都会の風景として、ちょっと他には類を見ないものだろう。だいたい大都会の中心部に、こんなに深い谷があることだけでも不思議というべきだ。

写真は御茶ノ水橋の上から下流を眺めたものだが、僕はここに写っている聖橋から見る下流の景色も好きだ。そこから見ると、左側の川岸に戦後すぐに出来たと思われる建物群がそのまま残っていて、そのなかに1軒「淡路亭」というビリヤードの台や道具の卸問屋がある。昭和30年代から今も変らずにある。若いときにビリヤードに凝ったことなんかを思い出したりもする。

神田川はその先、靖国通りの北側をまっすぐ東に向かい、浅草橋を経て、柳橋の先で隅田川にそそぐ。両国橋のほんの少し上流というあたりだ。