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Posted on 12-02-2012
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一昨日、というのは2月10日(金)のことだが、夜、アテネフランセ文化センターで小川紳介監督に関わるシンポジュウムがあって、聴きにいった。

小川さんは1992年2月7日に56歳で亡くなった。ことし、没後20年になるのだ。それを記念したシンポジュウムのテーマは「世界の中の小川紳介」。出席した発言者の顔ぶれを見ると、このテーマの意図するところが鮮明に見える。阿部マーク・ノーネス氏、アメリカのミシガン大学准教授でアジア言語文化の研究者、生前の小川との関わりの中で、1990年代、山形の映画祭で幾つもの企画のコーディネーターを務めた。著書に「Forest of pressure;Ogawa Shinnsuke and Postwar Japanese Documentary」がある。武蔵大学が所蔵する小川の映画についての冊子を出した時には執筆してもらった。今回、そのとき以来5年ぶりに会って話をした。

つぎに評論家・プロデューサーの太田昌国氏、「シネマテーク・インディアンス」を主宰し、ラテンアメリカの民族問題に関わる活動を続けている。特にボリビアのウカマウ映画集団の作品の自主上映活動の中心的な役割を担っている人である。もうひとりはティエリー・ルナス氏、フランスの映画評論家、プロデューサー。先鋭的な映画上映集団「カプリッチ・フィルムズ」の代表で、東京日仏学院で開催中の「カプリッチ・フィルムズ」映画の上映イベントのために来日中だった。今回、小川紳介の映画をはじめて集中的に見たという。この3人の発言者の顔ぶれを見ても、「世界の中の小川紳介」が持つインパクトが想像できる。司会をした映画評論家・研究者の北小路隆志氏には「反到着の物語」という非常に優れた小川紳介映画についての論文があり、ウカマウ集団についてや「カプリチョ・フィルムズ」の関わるペドロ・コスタの作品についても執筆している。

阿部マーク・ノーネスや太田昌国がそれぞれの立場から語る発言にも大いに刺激されたが、今回初めて小川映画をみたというルナスが、小川映画の今日的な意味をずばりと語ったのには驚かされた。彼は、フランスでは小川は全く知られていないといいつつ、小川が映画製作だけではなく、自分たちの映画の配給もやったことを評価し、今日、観客が映画にどうアクセスできるかが問題なのだと強調していた。『辺田部落』の農民の話し合いのシーン、長い沈黙をそのまま撮り続ける「長廻し」への指摘や小川映画における「土地」についての独自の関心にも鋭い視点を感じた。

二人の通訳を入れた2時間の会だったが、時間的には物足りないと感じたのは致し方ない。本当はもう少し長く、5時間ぐらいあれば、きっとさらにエキサイティングだったと思う。テーマにふさわしい発言者が並び、刺激的な発言が展開した。このシンポジュウムを企画し、発言者の人選をしたアテネフランセ文化センターの松本正道氏の慧眼には、いつもながら敬服した。

実は2002年、小川没後10年の時にもシンポジュウムが開催されていた。そのときのテーマは「アジアにおける小川紳介」だったと思う。ゲストに中国のフォン・イエン監督、台湾のウー・イフォン監督が出席していた。いずれも、アジアのドキュメンタリー映画に深く関わった小川の薫陶を得た人たちだが、フォン・イエンはその後『長江にいきる』(2007)をつくり、ウー・イフォンも『生命 希望の贈り物』(2003)を作った。いずれもヤマガタで高い評価を得、日本の映画館でも上映された。

それらのことも考えると、小川映画の国際的な意味はこれからもっと評価されることになるだろうし、上映を重ねることで、小川映画を「発見」することも必要だろう。

ところで、下の写真は昨日の夜、ぼくが食べたシタビラメの骨だ。小川映画とも一昨日のシンポジュウムとも何の関係もない。