1月
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Posted on 20-01-2012
Filed Under (未分類) by toda

1か月ぶりに時どきあれこれ日記を書く。その間、歳末と正月が過ぎて2012年になってしまった。去年の震災や原発事故のことをあれこれ考えたり、ぼんやりしたり、しているうちに暮れや正月はあっというまに過ぎていった。慌しかったり、忙しかったりしたわけではない。時間が過ぎただけ。

正月は長野県の蓼科で過ごした。ことしは雪が少なく、白一色の正月というのではなかったけれど、標高1300メートルの山の中でも道路には雪がなく、用意したタイアチェーンを使わずにすんだのは何年ぶりかのことだった。それでも期待通りの静かな正月だった。テレビもほとんど見なかった(家のテレビにいろいろ録画予約をしてきたが、笑)。

八ヶ岳連邦もいつもの年より雪が少ないか。夕日を浴びて赤く染まっている。右のとんがり山が阿弥陀岳だろうか。左の山が横岳か。実は山の名前はよく分からない、違うかもしれない。

さてベン・シャーンのこと。先週だったか『日曜美術館』でベン・シャーンの展覧会にちなんで番組をやった。親しい友人の吉田秀夫さんが撮影し、杉山幸子さんがディレクター。とてもよかったので、葉山の神奈川県立近代美術館にベン・シャーン展を見に行った。ぼくは三浦半島が好きで、よく行く。うちから車で1時間半もかかるけど、相模湾と、低いが深い山、丘陵地の野菜畑のつくる景色が気に入っている。三浦大根やシラス干しを買ったりするけど、葉山の御用邸前のそば屋もいい。ぼくの孫たちは小さいときから海といえば葉山の海岸だったのだが、何年か前の2年ほど、親が沖縄に住むことになって、沖縄の海を知り、海にもいろいろあることを知ってびっくりしたようだ。

ベン・シャーンの絵を始めて見たのは、ずいぶん前で、たぶん誰かモダンジャズのレコードのジャケットで、だったと思う。細い鋭い線で顔の表情が描かれていたのを強い印象で覚えている。ベン・シャーンが絵だけではなく写真も撮る人だったことや、リトアニアからアメリカにわたった家族の息子だというのも、番組で知った。

展覧会は大規模なもので、充実していたし、ベン・シャーンの魅力に満ちていた。彼の絵には強いメッセージ性があるが、それを線や形に昇華させる才能がただごとではない。写真がたくさん展示されていたのもよかった。写真はなぜか、そのときベン・シャーンが何を考えていたのか判らせてくれるような(本当は分からないのだけれど)印象があって実によかった。

ラッキードラゴンの絵本のことは知っていたが、美術館の売店で売っていた。いつもの三浦半島散歩では三浦大根を買うのだが、その絵本『ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸』を買った。

展覧会場にも展示されている久保山愛吉さんを描いたという『THE LUCKY DRAGON]』(1960)が日本の福島県立美術館所蔵なのを知って強い印象を持った。フクシマの原発事故と第五福竜丸の被曝の歴史が日本の戦後史の中で繋がっていると、ぼくは考え、去年、そのことをずっと意識してきたのだった。

絵本のアーサー・ビナードのことばもいい。

神奈川県立近代美術館葉山からは相模湾がよく見える