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Posted on 20-12-2011
Filed Under (未分類) by toda

「動物文学」という定期出版物がある。ほとんどの人は知らないけれど、戦前から続いている「動物文学会」という団体の、れっきとした機関誌だ。オオカミの生態研究など、犬科の動物についての在野の研究家として知られた平岩米吉氏が昭和9年!に創刊したもので、現在は平岩さんの娘さん平岩由伎子さんが主宰している。実はぼくもその動物文学会の会員で、今では年に1度か2度だけ送られてくる「動物文学」を読んでいる。

先日届いた平成23年・初冬号(第77巻第2号)に中川志郎さんが「東日本大震災と被災動物救援」という長文の記事を寄稿されている。中川さんは昔、上野動物園の園長などをされていた方で、いまは(財)日本動物愛護協会理事長で「緊急災害時動物救援本部」の本部長をされているという。この動物救援本部というのは、1995年1月の阪神淡路大震災の教訓から生まれた組織で、環境省を主務官庁として動物愛護関係の団体などが集まって結成されているそうだ。今回の東日本大震災でも(とりわけ福島第一原発の事故による放射能被害を受けている地域では)、別の場所に避難した人々が飼っていて、置き去りにせざるを得なかった家畜やペットの問題が深刻だ。ぼくたちはテレビ

 などで、原発事故被災地の無人の街や野原を徘徊する犬や猫、野生動物のようになってしまった牛を見て愕然としたものだ。道路を闊歩するダチョウを見たときは異様な感じを受けた。大熊町にはダチョウ園?があったらしい。

中川さんはこれら被災動物たちの悲惨な状況を詳しく報告しているが、原発から20キロ圏の緊急避難指示の出た地域、さらに4月末に出された「警戒区域」の指定によって、動物たちの苦境はさらにひどい状態になったという。緊急災害時動物救援本部がその地域の動物を保護しようにも、行政からの立ち入り許可が出ず、放置された家畜やペットの惨状は、その状況を写した写真ですら正視するに堪えないものだったという。1日遅れればそれだけ犠牲が増えるという当たり前のことが動物には適用されていないらしい。政府の原子力災害対策本部がしぶしぶながら20キロ圏内の動物救出を認めたのは5月10日から8月26日の間、住民の一時立ち入りに合わせた形の例外的措置だけだった。

中川さんは被災地の動物救出を人間の当然の責任として捉え、一連の原子力災害対策本部の対応を厳しく批判している。政府や行政機関の動物への対応の遅さだけが問題なのではない、そこに明らかなのは、人間と地域の回復のための行政機関の想像力の欠如だ。それが家畜やペットへの態度にあらわれている。

ところで、まったく違う話題。

東京には富士見台や富士見坂、富士見町が幾つもあるが、写真はなかなか気がつかない場所の知られざる富士見通り。

杉並区松ノ木3丁目、五日市街道「松ノ木3丁目交差点」から見る夕暮れの富士山

 場所はキャプションにあるとおりだ。ぼくのうちのすぐそばだが、こういう風に富士山が見えるのは、この地点のあたりだけで(少し進むと道が左へ曲がり、建物の陰になってしまう)、しかも空気の澄んだ冬の夕方の時間帯だけしか見えない。この道は南西方向に向かっていて、この当たりではちょうど道路の正面に富士山が位置していることになる。

坂の上とか高台からならともかく、道路上の平らなところで富士山が見える場所は、いまや東京では珍しいのではないかと思う。