7月
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Posted on 16-07-2011
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7月からブログの見出しというのか、表紙というのか、写真を替えました。新しい写真は5月半ばに行った長野県の霧ヶ峰高原の斜面に1本だけポツンと立っているヤマナシの樹の花です。どういうものかヤマナシは草原や広い牧場に1本だけ立っている樹が多い。この樹も、10年ぐらい前から毎年見ているけど、花の咲く時期は年によって少しずつちがう。今年はほかの樹、さくらやつつじが例年になく遅かったのに、ヤマナシはやや早い感じで、どうも植物のすることは判らない。今回はこの写真の説明をしたので写真はナシ。

 

トルコ映画『蜂蜜』(Semih Kaplanoglu監督作品)を見た。めったにない傑作。

意表をつく導入部から、一気にその世界に引き込まれて、最後まで画面から眼を離せない。見ているあいだ、そうだったのか・・・という想いが高まり続けて、深い静寂のなかで映画は終わる。その静寂とはぼくたちの内部に生まれたものだ。

この映画の物語を言葉で説明するのは(ぼくには)、むずかしい。描かれているのはトルコの山奥の深い森の中に住む養蜂家の父と7歳ぐらいの少年ユスフと母の日々の物語だが、映画がぼくたちに提示しているのは彼らの日常の様子ではなく、森をめぐる非日常のイメージであり、父と少年の心のうごきのイメージだ。

ユスフは夢を見る。映画の途中から、ぼくには映画全編がユスフの夢なのかと感じられてしまうほど、その夢の印象は強烈だった。夢の映画だ。

この映画には音楽が使われていない。その代わり様々な現実の音が、それこそハッとさせられるような効果をもたらしている。森の木々がざわめく音、草原を流れる風の音、川の音、子だもたちの声、蜂の羽音、馬のいななき、鳥のさえずり、さまざまな日常生活の音、ドアや窓、足音、息。そして何も聞こえない画面が伝える音。

音の映画でもある。

セミフ・カプランオール監督には、この映画を含めた「ユスフ3部作」という有名な作品がある。『卵』『ミルク』そして今回の『蜂蜜』。主人公ユスフの壮年期、青年期、幼年期を過去に遡る形で描いたものだという。ぼくは前の2作は見ていないが、8月に2本とも公開されるという。必見だ。この人は1963年トルコのイズミル生まれ、解説のパンフレットによれば、思春期からフランス映画や小津やタルコフスキーを見て、影響を受けたそうだ。