表題は僕の友人のカメラマン能勢広さんの監督した新作の記録映画作品だが、日本の科学映画の歴史に大きな足跡を残した鈴木喜代治の遺品の中から見つかった1冊の小さな手帖に書かれた撮影メモの記述をもとにした作られた記録映画である。鈴木喜代治は昭和20年9月、日本映画社によって撮影され、その後米軍に接収された記録映像『広島・長崎における原子爆弾の影響』の撮影スタッフに加わり、生物班のカメラマンとして原爆投下直後の広島での撮影に携わったが、その時綿密な撮影メモを残していた。

能勢広さんは鈴木喜代治のお孫さんに当たる。鈴木の残した貴重なメモが70年以上の時を隔てて、お孫さんの手で1本の記録映画として甦ったのだ。

原爆による壊滅的な被害の直後の広島で撮影され、アメリカに接収されていた映像はのちに日本映画社に返還されて、この作品にも、鈴木喜代治のメモの記述とともに使われている。当時の映像によってメモの文字のリアリティが浮かび上がり、文字の記述が映像に説得力をもたらしている。

あまり目立たない、地味な作品だけに人の目に触れる機会が多ければいいと思っているが、この作品、今年度の「科学技術映像祭」で文部科学大臣賞を受賞したと聞いた。そういうキッカケで上映機会が増えることを期待している。

 

4月
04
Posted on 04-04-2017
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春になって庭の花々が咲き始め、木々の新芽が芽生えはじめた。下の写真はツルの先に咲きはじめたアケビの蕾。この時期に毎年、こういう可憐な花をつけるけれど、うちではアケビの実がなったことはない。花か咲くだけ。もう一枚、これはモミジの芽吹きの写真。

モミジの新芽も秋の紅葉と同じようにあざやかな紅色で印象的だ。それぞれ、春が来たことを実感させる。

しかし、きょうの日記は庭の花や芽吹きのことではない。写真がないのもさびしいので掲載した。

3月末ごろの朝日新聞に石牟礼道子さんが90歳を迎えた3月11日に「石牟礼道子の宇宙」と題するシンポジュウムが開かれたことが紹介されていた。90歳の石牟礼さんは熊本市内の病院で療養中だというが、僕はその記事に刺激をうけて、『苦界浄土』をあらためて読み直すことにした。記事によればシンポジュウムのパネリストが赤坂真理・いとうせいこう・町田康、コーディネーターが赤坂憲雄というので、そのメンバーに興味を持った。このシンポジュウムに参加できなかったのは残念だったけど、その代わりに『苦界浄土』を再読して、石牟礼道子の宇宙に触れようと思ったのだ。紹介されてた出席者たちの発言は充分に刺激的だったのだ。

「石牟礼道子の宇宙」といえば、渡辺京二さんが数年前に出した著書『もうひとつのこの世』につけられていたサブタイトルでもある。今度その本も部分的に再読して、「『苦界浄土』の世界」という渡辺京二解説(これは苦界浄土本編と同様に重要な記述だと思っている)が、1972年講談社文庫版『苦界浄土』に初出されたのを知った。それやこれやで、しばらくの間、石牟礼道子の、ほかにはない文体に浸っていた。

シンポジュウムでは、赤坂憲雄さんが『苦界浄土』は「不幸なできごとを描くのと同じぐらい、それ以前の幸福な光景を描いている」ことを指摘している。これはたしかに『苦界浄土』の記述の大きな特徴だが、僕はすぐに福島の原発事故による放射能汚染で故郷を失った多くに人びとの言葉を思い起こした。原発事故の影響を受けた地域で、故郷を離れた人びとが語るそれ以前の故郷の豊かさや美しさ、安らぎや幸せの実感を最近見た幾つものドキュメンタリー映画で眼のあたりにしてきたのだ。古居みずえ『飯館村の母ちゃんたち』や大森淳郎『赤宇木』そのほかたくさんのドキュメンタリー映画の登場人物が語るの失われた故郷への思いの言葉は『苦界浄土』の不知火海のかつての豊かさを伝える微細な記述につながっている。

3月
15
Posted on 15-03-2017
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高尾山麓の梅が咲きだしたという紹介記事を新聞で見つけたので、行ってみた。高尾山はミシュランの日本版観光案内で高い評価を得たのがキッカケなのか、観光客がどっと増えたそうだ。外国人の観光客も多いという。ぼくは昆虫採集少年だった中学生の頃から度々蝶の採集に出かけていたから、もう60年も前から高尾山周辺の地理は良く知っている。淺川の街を抜けて、中央線の線路を越えたところから右折するのが旧甲州街道。この道が小仏峠を越えて甲州へと続いている。左側に小仏川、右側に中央線の線路は平行している。もっとも、いまはすぐ上の斜面を中央高速の自動車道路が走っていて、景色は昔とは全く違う。梅の郷はこの旧甲州街道沿いに何箇所もあって、紅梅、白梅の林がいくつも見えてくる。

山道にさしかかるあたりで左に折れれば「日陰沢」右に入れば「木下沢」の渓流沿いの道がある。その木下沢を少し入ったあたりの「木下沢梅林」が最大の見所らしい。

 

これが木下沢の梅林です

この写真のちょっと右を写すと・・・

 

右上にあるのは中央高速の上り線。木下沢梅林は高速道路のすぐ横にあるのだ。

このあたりは(日陰沢も木下沢も)僕の少年時代は蝶の採集の絶好の場所だった。5月半ば、木下沢の渓流沿いの明るい樹林をゆっくりと飛翔するウスバシロチョウを採った記憶が鮮明に甦る。梅林はなかったし、むろん中央高速もなかった。渓流の流れの音が聞こえるばかりだった。

 

木下沢の曲がり口近くから、高尾ジャンクションを遠望する。工事が始まる前、高尾山の天狗を原告とする裁判闘争で反対運動が起きたが、いつの間にか完成してしまった央高速と圏央道の合流点。手前のレールは中央線。

高尾山の景観も自然環境もすっかり変わってしまったと思われる観梅ドライブでした。腹が空いたので高尾山のケーブルカーのある登山口まで戻って、蕎麦を食う。この蕎麦、冬はさすがにお客が少ないと見えて、京王電鉄が「高尾山の冬蕎麦」とか云って宣伝しているヤツだ。まぁ、ごく普通の、街のソバ屋の蕎麦だけど。立派な店構えの蕎麦屋や土産物屋が並んでいる観光地らしい風景だ。

これはトロロソバ

 

これはニシンソバ

 

 

 

 

 

 

11月
06
Posted on 06-11-2016
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どうも蝶の話題が多い。しかし先日、何年も見なかった蝶に出会ったので、それを書いておきたい。

最近は、東京で秋の蝶といえば、圧倒的にツマグロヒョウモンが多く、この南方系の蝶が温暖化の影響を受けて、どんどん住みかを北に移しているかのようだけど、今回書くのはツマグロヒョウモンのことではない。

といっても、希少種や珍しい蝶ではなく、キタテハという、東京で普通に飛んでいる(飛んでいた)蝶のことだ。何十年も前はキタテハは東京ではたくさん居る蝶だった。それが、ある時期からすっかり姿を見せなくなり、ぼくはここ10年、いやもっと長いこと、この蝶に出会わなかったようなな気がする。

季節を問わず姿を見られる蝶だったけど、とくに秋に羽化した秋型は名前の由来の黄色が濃くなり、エンジ色に近くなって派手になる。少年時代はその色彩の変化が面白くて、秋型ばかりを採集したものだった。それが、いつ頃からか、全く見かけなくなった。都会の空き地がなくなって、キタテハの幼虫の食草であるカナムグラというつる性の植物が少なくなったせいだろうか。

その蝶に久しぶりに出会った。

キタテハ2016年11月3日 目黒の自然教育園

天気が良かったから、何年かぶりに目黒駅ちかくの国立科学博物館付属自然教育園に散歩に行った。もう、秋の花々はほぼ終わっていて、見るべきものはあまりなかっいたけど、いいお天気の森の中を歩くのは気分がいい。そこで僅かに咲き残っているアザミの花に止まるキタテハを見つけて撮影したのがこの写真というわけだ。

ついでに、もう一つ蝶の写真を・・・。

ウラナミシジミ 2016年10月2日 皇居東御苑

これはウラナミシジミというシジミチョウ科の蝶。やはり秋になると東京でもよく見かける種類だ。ただし、この蝶の土着の北限は房総半島と紀伊半島を結ぶ線より南だといわれているから、東京には秋に日差しの暖かさに誘われて飛来したものかもしれない。房総半島の南の方では冬でも成虫は飛んでいるとか、聞いたことがある。

飛翔力が強く、食草のマメ科の植物(マメ畑)を求めてドンドン北上していくらしい。本来生息できない北海道で記録されているという。無鉄砲なヤツである。

きょうは秋の蝶の話題ばかりだった。

 

 

 

10月
03
Posted on 03-10-2016
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京都には時々行く。9月に4,5日行ったのだけれど、京都に用事があったわけではない。昔からの友人に逢って何時間も話をしたり、街をぶらぶら歩いたり、雨に降られて部屋で昼寝をしたり・・・ということだった。東山三条の辺りにいたので、白川の流れに沿って散歩する。知恩院の下から岡崎にかけての白川沿いは静かな界隈だけど、近頃は古い町家が小さな宿屋に改造されたり、しゃれた新しいカフェやお菓子屋が開店したり、ちょっとだけ様変わりしているような気がする。

 

白川の流れはかなり早い。

白川は比叡山の山中から流れ出して、東山沿いに京都の街の東側を下って祇園をよこぎり、三条大橋と四条橋の真ん中あたりで鴨川に注ぐ。流れが急なのは京都の街が北から南にかなりの急勾配だからだろう。

川面にオハグロトンボがひらひら飛んでいたし、大きなタナゴを釣っていた若い男もいた。

 

オハグロトンボ,久しぶりに見た

 

若い男は釣りを終えてタナゴを川に放して、自転車に乗って帰って行った

まぁ、白川の散歩の収穫はなかなかのものだったが、しかし、この界隈では青蓮院の楠がいい、来るたびに眺めている。大きな樹木は見ているだけで気分がいいが、青蓮院の大楠もその一つだ。僕の知っている巨樹は他にもいろいろあって、新宿御苑の白木蓮、伊豆急「伊豆高原」駅前のヤマモモ、小金井公園江戸東京建物園の金木犀などと共に青蓮院の大楠はベスト5に入る。楠の大木は各地にあるが、この樹は大きく広がって地を覆うように伸びた根の存在感が他を圧倒している。

 

 

 

 

 

8月
31
Posted on 31-08-2016
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またまた、何度目かの日記再開だ。表紙の写真も変えて心機一転・・・というほど張り切っているわけでもない。これまで通りの日常茶飯。

たとえば散歩。夏の間は暑くて散歩どころではないけど、ウオーキングなんかやる人は夜になってからせっせと歩いている。僕はウオーキングもランニングもジョッキングも嫌いだから、もっぱら散歩。夕方少し涼しくなってからうちの近所の住宅街を目的ナシに歩く。歩くコースも未定・不定。途中の家々にいろいろな花が咲いているのを見るのだが、花を目当てにコースを決めるのでもない。しかし、写真は撮る。それを並べてみる。

 

 

 

オシロイバナ

ヒルガオ

ノウゼンカズラ

 

サルスベリ(百日紅)

東京の住宅街でも、結構いろいろな花が咲いている。オシロイバナは白、紅、黄とあって、中には2色混ざっているのもあって面白い。サルスベリにも何種類か色のちがいがあるけど、僕は白いのがいいと思う。白のサルスベリも百日紅と書くのだろうか。

 

白いサルスベリ

いろいろな花の中で、この時期の住宅街でいちばんたくさん見かけるのはムクゲ(槿)ではないだろうか。ムクゲの花もに白、紅、紫とさまざまあるが、なんといっても風情がいいのは白い花の芯の部分に紅を差したように赤が滲んでいるヤツだ。ソコベニという言い方があるらしいけど、「底紅」の意味だろうか。

 

ムクゲ

中心が紅を差したように・・・これがソコベニか。

並べついでに,もう1枚。ムクゲは韓国の国の花だというが、日本でもずっと昔から栽培されてきたらしい。夏の茶席の花に使われるという。6月頃から11月まで咲いているような気がする。ムクゲが終わるとサザンカが咲きはじめる感じだ。

 

 

 

 

 

10月
20
Posted on 20-10-2015
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今年の春、5月の末だったか友人にアサガオの種をもらった。アサガオはアサガオでも普通のアサガオ(というのがあるのかどうか・・・)ではなく、つまり江戸伝来の朝顔市の雰囲気とは違うヤツで、その名も「崑崙朝顔」。

これを僕にくれた友人は、別の友人からもらったのだそうだ。その別の友人は何年も前に、さらに別の友人からもらって、何年間も庭で花を咲かせてきたという。その種である。だから、日本国内産の崑崙朝顔ではあるけど、もともとを辿っていけば、シルクロードの天山南路、ホータン辺りに咲いていた花だったかもしれない。めぐりめぐって僕の手のひらに黒い小さな粒が幾粒か乗ったのだった。

ところが、すぐにその時蒔けばいいものを、貰いっぱなしで、すっかり忘れていた。机の隅に小さな種のふくろがあることに気がついたのはお盆すぎ!だった。

遅れてしまった種蒔きだったが、植木鉢にパラパラ蒔いた。3、4日したらいっせいに芽が出て、一寸びっくりした。今年は8月半ばまでは猛暑が続いたが、お盆過ぎからは、急に涼しくなり、秋がすばやく来た感じだった。秋が早いから朝顔の花が咲く前に寒くなってしまうだろうと予想していたけど、それが9月半ばに咲いたのですよ。

最初の日、小さい花が一輪咲いているのを発見。そうか、咲いたか・・・、てなものだったが、それから毎日少しずつ咲き、10月にはいると毎朝十輪以上咲くことが多くなった。そして、10月18日の朝、数えたら16輪の朝顔が咲いていた。

これがその時の写真。

こうして写真でアップにすると、実に立派な堂々たる花に見えるけれど、実物は花の直径5,6センチの小ささ。しかし、深い青紫の花弁に赤紫色の五筋が入る全体のデザインには日本古来の朝顔とは違った趣があり、やはり、崑崙山脈だか、シルクロードだかのエキゾチックをかもし出している。花の真ん中の筒になった奥の方が白いのも、実にしゃれた色合いだと思う。

 

10月
11
Posted on 11-10-2015
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7月の始めにこの日記をUPして以来、夏が来て猛暑に見舞われ、お盆が過ぎ急に涼しくなり、なんだなんだ・・・とかいっているうちに、たちまち秋。秋の長雨は、鬼怒川の氾濫に及んで、いまだに家を失って避難所くらしの人が400人もいるという。全く、自然災害の頻発する国であることか、と溜息も出るが、ついこの間は台風が北海道を襲い、ここでも各地で水害が起きた。北海道では雪が降り、いよいよ冬だゾ!という時期になって台風か。この間3か月以上、この日記の頁を開かず、100日ぶりの復活となった。日記を書く暇がないほど忙しいわけはないのだけど。

大雨が降っても雷が鳴っても竜巻が!襲っても、こちらはノンキなもので、9月の連休をシルバーウイークと呼ぶようになったのはいつからか、とかいいながら、その一日、秋晴れの散歩日和に調布の深大寺横の植物園に行った。散歩といっても、車で行って植物園の中を散歩する。僕らはここが気に入っていて、度々出かけるのだ。

サクラやバラの季節にはたくさんの人で混雑するけど、秋たけなわとはいえ、めぼしい花は咲いていないので(秋のバラにはまだ早い)、散歩客は少ない。それがいいのだ。

秋の花がいろいろあるけれど、みんな地味な花だから、集客力がないということだ。

ヤブミョウガの実

この花は何だか知らない

ヨウシュヤマゴボウの実 有毒植物だ

この季節のおなじみの花ヒガンバナ 今年は少し花期が遅かった

オミナエシ

フジバカマ

最後はやっぱり蝶 これはツマグロヒョウモンのオスで、いまや秋の東京付近で最もたくさん見かける蝶です

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地味な花ばかりといったけど、こうしてみると結構華やか・・・でもないか。この写真を撮った日から、すでに3週間ぐらい経っているから、これらの花や実はもう枯れてしまっただろう。まぁ、枯れた花というのも悪くないけど。

7月
01
Posted on 01-07-2015
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今朝、部屋のなかでクロアゲハの蛹が羽化して蝶になった。

6月半ばから蛹のついた枝をビンにさして机の上に置いておいた。半月ほどで無事羽化したことになる。もうひとつあるけど、こいつはちょっと怪しい。うまく羽化しないような感じだ。

庭のレモンの木に春のうちに産み付けられた卵が幼虫になったのだが、今年はクロアゲハが多かった。写真を撮って、庭のレモンの木の茂みに止まらせて終了。

特に書くこともない日記だが、この春から蝶のことが多いか・・・。

来週あたり、山梨県北杜市の里山にオオムラサキを見に行くつもり、また蝶だけど。

 

6月
05
Posted on 05-06-2015
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近所の住宅街を散歩していたら、大きな家が建っていたところがびっくりするような広い空き地になっていた。更地というのだろう、300坪ぐらいありそうだ。

写真のように、元は門から玄関につながるあたりの横の庭の隅にポンプ式の井戸がポツンと取り残されてあった。ポンプを押せば水が出るのかどうかは分からないけど、錆びてもいない立派な井戸だ。昔からの家だったから、庭の隅に井戸があったのだ。

井戸のポンプが残されているところを見ると、ここに新たに立つ家でもこの井戸を使うつもりだろうか。もそうであれば、ずいぶん贅沢なことだと思う。しばらくの間、残された井戸を眺めて、見とれていた。

大きな住宅が解体されて、そこに小さな2階建ての家が5軒も6軒も建つというのが、今では普通になっている。その場合は井戸は埋められてしまうけど、こうして井戸を残しているところを見ると、ここに又大邸宅が建つのかもしれない・・・。

昔はどこの家にも井戸があった。僕の生まれた世田谷の家は昭和20年5月の空襲で跡形もなく焼けたが、戦後、同じ場所に建てた家でも、戦前の家と同じように台所の流しのところに井戸があって、それを使っていた。台所の流しには水道の蛇口と井戸のポンプのアームが並んでいたものだ。その井戸がいつの間にか、何度かの増改築を繰り返すうちになくなった。いつ井戸を撤去したのか、記憶はない。

長く使って古くなったせいだろうか、その井戸は時々“水が落ち”た。井戸のアームを動かしても、スカスカに空回りするようで力がかからず、水が汲みあがらなくなるのだ。そういう時には「呼び水」とかいうのだったか、上から薬缶の水を井戸のなかに差し水をしながらポンプを押すと、急にポンプに重い力がかかって、水が上がってくる。それでまた使えるようになるのだった。

地面の下の深いところからくみ上げる井戸水は水温が一定で冬は暖かく、夏は冷たく感じる。それはとてもいいもので、夏休みの日々、炎天下のあそびを終えて帰ると、井戸水をごくごく飲んだものだった。いまでは子供達はペットボトル入りの水を飲む。僕も同じだけど。